「『ポケットモンスター』成功のプロセスと今後のテレビアニメの在り方」
テレビ東京 編成総局映画部プロデューサー 岩田圭介氏

(最初に東京12チャンネルのワールドサテライトビジネスの
アメリカのポケモンブームのニュースを紹介)
実はこのニュースは今年の5/5に放映したもの。本日(99/12/1)、
都内で2000年のポケモンに関して記者会見の予定だが、
アメリカでの状況についてもレポートされると思います。
映画(の配給の収入)については100億に届くかどうか。
子供には夢と元気を、大人にはその結果ビジネスの
成功を」という(一見矛盾するかもしれない)目的を達成するのがアニメ・ビジネスと思う。
1979年に入社し、6年前からアニメ・キャラクターチームで仕事をしている。
97.12.16のポケモン騒動も経験した。当日、湘南ライナーで
缶ビールを飲みながら帰宅していたらいきなり連絡を受けて、
以後、地獄の日々が続いた。今はまずまずであり、間もなく天国になるかと思う。
アメリカで話をすると、「もしアメリカで君がプロデューサーだったら
97.12までは大金持、自家用ジェットに海外の別荘、
ただし98.1月には破産で一文無し」と言われた。
日本とアメリカのプロデューサーのシステムはここまで違う。
向こうは全権を持ったプロデューサーがすべて行なうが
日本はそこまでのシステムが確立しておらず、企業がかかわってくる。
プロデューサーも単なるサラリーマンにすぎない。
テレビ東京は10月時点で34枠持っている。テレビ局全体で60局くらいなので、
シェアにして半数になる。各局の間で相談したわけではないが、
基本的にバッティングはしていない。
NHKの調査によれば、子供のテレビの視聴時間は、
よく言われるようなゲームに取られて減少していることはなく、
むしろ増加している。
この中では、NHKの教育テレビが脅威である。テレビ局自体はどこでも、
せいぜい好きな人が脚本を書くくらいで、製作はすべて外で行われる。
NHKはまったく民放と同じことをやり、かつ視聴率10%以上を
かせいでいる(忍たま乱太郎、おじゃる丸など)。
私のつきあいがあるような人達が同じようにNHK向きにも製作している。
ポケモンは1996年12月にゲームボーイのゲームとして登場した。
テレビアニメの話は1996年10月には早くも浮上していたが
この際のキーは「ピカチュウ」と「ロケット団3人組」と「同一性」である。
まず女の子を取り込む必要があるため、ゲームでは必ずしも
主役ではなかったピカチュウを主役とした。
次に、性善説の悪役としてロケット団3人組を設定した。
しかし、一番大切にしたのはゲームとの同一性である。
それまで、ゲームからのアニメ化というのは、必ずしも成功していない。
その原因はゲームと体温が変わってしまうことにあった。
従ってストーリーは作らないとアニメにはならないが、
キャラクター、背景、音源、性格、ポケモンの技、最初に連れて
行くポケモンなどはすべてゲームに合わせてくださいというお願いをした。
アメリカ展開にあたってのキーはNOA(Nintendo Of America)である。
ここが地ならしをしてくれて11/15現在で3000スクリーンの公開にこぎつけた。
なお、テレビの企画に当たってはJR東日本企画が入っている。
ここは総合広告代理店を目指してアニメも対応しようとして
ヘッドハントを行ない当初藤子F不二雄の「モジャ公」というのを
やっていたがあまりヒットしなかったが、2年間がまんしていた。
その後、丁度、小学館のつてでポケモンの話があり、それにスイッチした。
当たらないでも我慢していた成果が出た。当てるのは本当に難しい。
テレビ東京でも、全体で30本もやっているのだから。
今後のアニメのあり方としていくつか個人的に考えていること。
・プロデューサーシステムをどうしていくか
・ファンド化とその対象(プロデューサー、作品、クリエーター、会社、局?)
・(製作委員会システムで)誰もが出資者になれることへの危惧
(企画の話だけ聞いて後は放置するスポンサーが多い。もっと勉強しないと)。
・クリエーターの(権利などを守る)環境整備とファンドの組合せ
・地上波の寿命、自分が定年になるあと十数年は地上波もまだ
がんばると思っているが。
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